好きなまち並みを守るためにゲストハウスを開業!得意を活かしながら夢を実現していく移住者系経営者
更新日:2023.5.1
投稿日:2023.5.1
目次
「元気をなくしている地方のまちを盛り上げたい」「失われつつある古い町並みを守りたい」と地域活性の活動に興味をもつ若者が増えています。
しかし、いざ挑戦しようとしても、どのように思いを実現すれば良いのか、自分に何ができるのかわからなくなるものです。
今回は、静岡県の蒲原でゲストハウス「バックパッカーズホステル燕之宿」を開業した大澤康正(オオサワコーセー)さんに、会社員をやめ独立を決意するきっかけや、独立後一年目の苦労などをお伺いしました。
なぜ観光地ではない蒲原の地を選び、宿を開業したのか、大澤さんならではの視点が凝縮されています。
自己紹介をお願いします。
大澤康正です。みんなから”コーセー”と呼ばれています。
漢字でかくと「康正」ですが、「やすまさ」と読み間違えられることが多いので、わかりやすくそして海外の人でも呼びやすいように、音で表現しています。
長崎県壱岐島出身で、大学卒業時は就職活動に失敗し、フリーター。その後はタワーレコードでフルタイムのアルバイトからキャリアスタート。転勤で静岡に来ました。
その後、建物や古い家具などが好きだったので工務店に転職したのち独立して今はゲストハウス、駄菓子屋、コワーキングスペースの運営や地域でのイベント企画などをしております。
静岡の「蒲原」(かんばら)という観光地ではない場所で、人とのつながりを大切にされているゲストハウス「燕之宿」の運営をされていますが、どのようなきっかけで燕之宿を開業しようと思ったのですか?
蒲原町とは静岡市清水区にあるまちで、旧東海道の名残があるレトロなまち並みが特徴です。
もともと宿を運営しようとは考えていませんでした。タワーレコードから転職して千葉から静岡に戻ってきたんですが、結婚して5年間子どもに恵まれず妻も僕も精神的に辛い時期でした。そこで2人で話し合って、「子どもは諦めて自分達が楽しめる生活をしよう」と決めました。
妻はずっと駄菓子屋をやることが夢だったらしく、「やりたい」と言ってくれたので、自宅の一角で運営できるようにと借家ではなく一軒家を購入することにしました。物件を探し始めた時、昔フラッと立ち寄った蒲原を思い出して、もう一度行ってみることにしました。
観光地とか市街地ではなく、静かで穏やかな古いまち並みが、妻と僕のイメージする駄菓子屋のある風景にピッタリで、感覚的にここだと思い引っ越しを決めました。
しかし近所の人からは「なんで(縁もゆかりもない)こんなところ(ネガティブな印象)に引っ越してきたの?」とよく尋ねられました。
僕らが思う「蒲原」と地元の人が考える「蒲原」のギャップ
僕らは蒲原というまちの雰囲気や通りの風景をかっこいいと思って越してきたのですが僕らが思う「蒲原」と地元の人が考える「蒲原」のギャップがショックでした。
さらに近所にあった旧東海道の古い建物が引っ越したはじめの1年で10軒ほど解体されるのを目の当たりにし、自分達がかっこいいと思ったまちがそうじゃなくなってしまうかもしれないと悲しくなりました。そこでまちの中にこういうのがあったらおもしろいかもという妄想を書き出してみることにしました。
当時自分ができることは何もなかったんですが、もしかしたら僕らと同じようにこのまちがかっこいいって思う人がいるかもしれないなーと思って、得意とする建築とインテリアの資格を活かして建物やスペースで何かできないか考えていた一つの妄想が燕之宿でした。
後でお話ししますが、ある出会いが燕之宿の開業を後押ししてくれました。僕の「このまちかっこいい」という想いに共感してくれた旅人のおかげです。
独立前の準備期間はどのくらいかかりましたか?
会社員として働いていて「やめます」と言ってから1年半やめるまでにはかかりました。本当は宿ではなくて公園を作りたかったんです。でも公園を作るのはひとりの力でどうにかなるものではないことがわかりました。
そんなとき営業先での昼休憩に、ランチをしようと入ったお店でオーストラリア人の観光客と隣になりました。自然と会話をしていて、打ち解けていくうちに日本の文化が好きだと話してくれたんです。
そんな彼に「日本の子供の文化、駄菓子屋を知っているか?」と聞いたら知らないというので、妻が自宅で営んでいる駄菓子屋を紹介しました。
オーストラリア人の友人の希望と、僕の妄想が一致
何気なく紹介したのですが、その後彼が訪ねてきてくれました。まちを案内すると彼が「ここに宿があったら最高だなあ」と言ったんです。そのひと言を聞いてびっくりしました。僕が書き溜めた妄想ノートの中に、宿をやるって書いてあったんです。
彼の希望と僕の妄想が一致して、同じこと考える人っているんだなーと感動しました。この夜彼にどんな宿がいいかたくさん聞きました。それから宿の準備を始めるまでは7か月くらいでしたね。
独立後の最初の1年間は、どのような課題や苦労がありましたか?
2020年2月に燕之宿を開業しました。同年4月に緊急事態宣言が出され人々の移動が制限されたのではじめは本当に大変でした。
始めたばかりで告知の仕方もわからず、2月は予約もあまり入りませんでしたが、ドイツ人のお客様が宿泊してくれて、仲良くなりました。そうしたらとても良いレビューを書いてくれて、3月からは予約の半分が外国からのお客様でした。
自分で仕事を作っていく大切さ
その後緊急事態宣言で宿泊客は月に1~2人になってしまいましたが以前勤めていた工務店の繋がりでお仕事をいただいたり、宿に泊まってくれたお客様と仲良くなって都内のスタートアップ企業とリモートでのお仕事をいただいたりしました。人に恵まれていましたね。
ここで学んだのは、自分ではどうにもならない状況でも、仕事を作るアンテナを複数持っていること、そして自分で仕事を作っていく大切さです。
会社にいると仕事を自分で作り出すことはないですよね。あとは自分にできることや、自分では気づいていないけどできそうなことを第三者に客観的に見てもらうことも必要だと思いました。
好きなことややりたいことがそのまま収入にならないこともありますからね。
大澤さんのご家族と宿泊客
燕之宿の強みは何だと思いますか?
まち自体が強みです。「蒲原」は昔から関東と関西の間であり、長野や山梨に抜ける道もあり、移動する人にとってはハブになる場所なのでどこからでも比較的アクセスが良いのも特徴です。
楽しいコンテンツを求めてくる人にはつまらないかもしれないけれど、風景や時間を楽しむ人たちにはとても喜んでもらえます。自然豊かで人も温かいし静かですごくピースフルであると。その長所を活かすよう、自然発生的に地元の人とお客様をつなげる仕組みをいつも考えています。
燕之宿を運営する上で最も大切だと感じることは何だと思いますか?
一番は楽しむことだと思います。コミュニケーションを大事にしているので、地域で朝市をやってみたり、イベントを催したりして人を巻き込んでいます。
でも繋がろう!と強制するのではなく、楽しいことをやっていたら集まっちゃった!くらいの自然さを大切にしています。もちろん参加してくれたらうれしいのですが、遠くから眺めてくれているだけでも応援だなと感じます。
朝市の様子
どのようなお客様が多く来られるのでしょうか?それらのお客様にどのようなサービスを提供していますか?
1人や2人、または少人数での個人旅行のお客様がほとんどです。最近は外国からのお客様が半分以上を占めています。年代は20代から40代が多く、時間に自由があるフリーランスの人が多いかと思います。
宿泊に関しては清掃以外何もしません。その代わりチェックインを駄菓子屋でしてもらうことで、自然に地域の日常に入ってしまう状態を演出して、子供たちや近所の人たちとの偶然のコミュニケーションがとれるようにしています。
駄菓子屋は子供たちや近所のおばあちゃんたちが集まっているので、旅人が来たら自然にあいさつをするし、「どこから来たの?」と問われて自然と話す状況になります。泊りに来てすぐに地域の人との距離が縮まれば、その後も溶け込みやすくなるかなという狙いもあります。
自然なコミュニケーションが生まれる、きっかけを作る
燕之宿は、小さな宿でやはり強みである「地域や人とのつながり」を大事にしていますが、宿のオーナーからお客様が「地域の人と話をしてきてください」といったところで誰もやらないですよね。
だから自然にコミュニケーションをとるような状況やきっかけを作るようにしています。旅人の負担にならないように気づかれない偶然に見えるような仕掛けをいつも考えています。
燕之宿を運営する上で最も難しいことは何だと思いますか?
お金の面ですね。緊急事態宣言もあって最初は本当に大変でした。そして会社員のときは、毎日出勤すればいつ給料が入ってくるかわかっているので何も考える必要はありません。
でも個人事業になったとたんに収入のタイミングと支出のタイミングをつかむのに苦労しました。僕はキャッシュフローの見極めが苦手なので今でも苦労はしていますがその感覚がつかめればそんなに気にすることもなくなるのかなと思います。
今後の展望や目標はありますか?それを達成するためにどのような取り組みをしていますか?
事業をやっている身としてはよくないことだと思いますが、明確な目標や展望はほぼないですね。イメージはあります。ここがこうなったらいい、こんなふうにできるかなみたいな。自分のわがままなんですけど、僕の個人的な欲でまちの中が楽しくなりそうなイメージは本当にたくさんありますね。
でも、お金やリソース、家族との時間の確保とか、やれることは限られているので、今できる規模感やサイズで無理なく楽しく続けられる実験や練習を、いろいろな人たちと続けていきたいと思っています。
小さなまちの中で僕が全てをやることが必要なんじゃなくて、いろいろな人がやりたいことをちょうどいい感じではじめて続けてくれることが重要だと思います。それが僕の欲しかったお店だったりしたら最高です。
謎めいているけれどいつもニコニコとご機嫌な人でいたい
もちろん頭の中では日々のキャッシュフローのこととかも考えていますし、家族が幸せに生活できる収入を確保するために必死だったりもします。でもそれが表に現れてほしくないというか、そういう部分もあるけど笑ってすり抜けていたいなと考えています。
目標かどうかわからないですけど、周りの人から「あの人はいったい何の仕事をして生きているんだろうね?」と不思議に思われながら、駄菓子屋の奥に居て、子ども達とか地域のいろんな人とおしゃべりしてるような人になることです。
謎めいているけれどいつもニコニコとご機嫌で、駄菓子売ってて一緒にその人の妄想を考えてくれるやつみたいな感じでいたいと思います。
これから独立を考えている人にアドバイスをいただけますか?
僕が常に意識していることが3つあります。
いい意味で期待しないこと
1つ目は、いい意味で期待しないこと。
僕は人が大好きです。だから嫌いになりたくない。もし誰かのことを「こういう人だからこうしてくれるだろう」と期待していると、そうしてくれなかった時に、きっとその人にがっかりしてしまうと思います。期待って自分の中にある勝手な願望のことが多い。
もともと何もしてもらえるとは思っていなければ、何かの行為に対して素直に「ありがとう」と感じることができると思います。僕は常に心から人にありがとうと言いたい。感謝の気持ちを持ち続けたいので、僕はいい意味で人に期待しないようにしています。
小さなことを小さく始めること
2つ目は、小さなことを小さく始めること。
やりたいことをはじめるとき、だいたい夢が膨らんで大きな目標をいきなり持ちがちです。でも大きな目標をいきなり掲げると、力が足りなくて挫折したりやる気がなくなってしまったりします。
もちろん夢は大きくて良いけれど、始めるときは小さいことから、自分の手の届く範囲のことを何度も練習できることが長く続く秘訣かなと思います。最初からうまくいかないことが多いので、小さなことの中や同じ物事の中に、工夫する面白味を感じられる人がビジネスを長く続けられる人なのかなと思います。
人の手(時間)にお金を払える人であること
3つ目は、人の手(時間)にお金を払える人であること。
個人事業主は個人事業主同士で助け合うことが多い。友達間や仲間内で頼み事をするとき、相手の時間を無自覚に奪いがちです。でも相手の貴重な時間を奪っていることを意識する人でありたいと思いますね。
わかりやすい対価としてはお金がありますが、払えないこともある。そんな時は自分の時間や手伝ってくれたことへの何かしらお返しをする人でありたい。お金が払えないときは先にちゃんと払えないことを伝えたうえで自分は何を差し出せるのか。搾取をしないためにどうしたらいいのかを考えておきたいですね。
この中でも一番比重を置いているのは、1つ目のいい意味で人に期待しないことですね。
常に感謝できる自分でありたいと常に思っています。
これから独立を目指される人を応援しています。
たくさんのアドバイスありがとうございます。大澤さんのこれからのご活躍を応援しています。
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著者情報
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フランチャイズ経営者やフリーランス、法人役員など、多種多様なキャリアをもつメンバーでお届けしています。
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